鍋島焼買取情報の目次
このページでは鍋島焼買取に関する様々な情報をご紹介するのですが、情報量がかなり多くなりますので次の目次を参考にしてください
安心して鍋島焼の買取を
依頼する為に(目次)
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鍋島焼の買取相場を一覧でご紹介
鍋島焼の買取価格は作風や歴史、作家や状態によってピンキリですので、まずはできるだけ多くの種類の鍋島焼買取相場を一覧で紹介していきます。
鍋島焼買取について流れや方法を知りたい方はこちらの「骨董品買取が初めての方へ」を、おすすめの鍋島焼買取業者について知りたい方は後述の「鍋島焼買取におけるおすすめ買取業者について」を参考にしてください。
| 鍋島焼の種類 | 状態 | 買取相場 |
|---|---|---|
| 鍋島焼染付皿 | 箱無し | 15000円~32000円 |
| 色鍋島絵皿 12代今泉今右衛門作 | 在銘/共箱有 | 8000円~21000円 |
| 色鍋島吹墨花瓶 13代今泉今右衛門作 | 在銘/共箱有 | 12万円~18万円 |
| 鍋島焼き青磁皿 | 箱有 | 23000円~35000円 |
| 色鍋島七寸皿 | 箱有 | 25万円~53万円 |
| 鍋島青磁杯 | 箱有 | 21000円~38000円 |
高い買取価格が期待できる鍋島焼は大別して2パターンあり、「当時に作られた鍋島焼」あるいは「作家物の鍋島焼」が挙げられます。
鍋島焼は鍋島藩によって17~19世紀に作られた品で、大名への献上品に使われる高級磁器窯として名をはせました。流通先も管理されて一般には流出しなかったため、当時の鍋島焼は今でも貴重な品として珍重されていますので、特段作家物の鍋島焼でなくても買取価格が期待できる事もあります。
では、次は画像と解説付きで鍋島焼の買取価格についてご紹介します。
鍋島焼の買取価格例の紹介
こちらでは様々な鍋島焼の買取価格について紹介します。画像付きで鍋島焼の買取例を挙げて紹介しますのでぜひ参考にしてください。(※なんでも鑑定団のような評価額や鑑定価値と買取価格は全くの別物で、評価額は買取価格よりもはるかに高い金額が算出されます。)
鍋島焼 染付皿(直径:約30cm)
鍋島焼は17世紀~19世紀まで鍋島藩で作られていた磁器食器のことで、有田から腕の立つ陶工を30人ほど連れてきて食器の生産を開始したのが始まりです。大名への献上品・贈答品として使われることを目的に開窯し、技術の漏洩を防ぐためあえて山奥に窯が開かれ、出入りも厳重に制限されました。
陶工たちはその窯に居住し統制下に置かれることを義務付けられましたが、代わりに高い身分とお給料を与えられ、案外裕福に暮らしていたようです。とはいえ腕が落ちるとクビになってしまうので、生涯良い作品を作り続けようとする努力は絶えず、そうした姿勢も鍋島焼の技術力に反映されていきました。
こちらは当時の鍋島焼の染付で、買取相場はおよそ8000円~2万円前後が期待できる品です。鍋島焼の買取相場は品によって幅広く、特に文献に掲載されたような出所がしっかりした品だと数十万円の買取価格が付くケースもあります。
鍋島焼花瓶 13代今泉今右衛門作
「今泉今右衛門」はかつて鍋島藩窯の絵付けを行っていた作家です。約2世紀の間、大名へ贈られる高級食器として名をはせた鍋島焼ですが、その伝統は廃藩置県によって衰退し、共に色鍋島磁器も途絶えてしまいます(鍋島焼は色鍋島・染付・青磁の3種に大別できます)。
その色鍋島を復興させたのが12代の今泉今右衛門で、その技術に対して紫綬褒章を受けています。ですが12代は早逝だったため長男の13代が後を継ぎ、平成元年には色絵磁器で人間国宝の認定を受けました。
今泉今右衛門作品は骨董品買取でも高価買取が期待できる名作家ですが、特に12~14代までの作品が市場に出てくることが多く、買取相場も高額です。こちらの色鍋島花瓶も13代の作品で、買取相場は6~10万円前後が期待できます。
今泉今右衛門作品はおよそ10万円前後までの買取価格に収まることも多いのですが、描き込みが細かい品や展覧会出展作などは相場も非常に高く、100万円近い買取価格が期待できるケースもあります。
初期鍋島 染付皿
鍋島焼の中でも、大体1680年代までの初期に作られたものを「初期鍋島」と呼びます。ですが鍋島焼にはそもそも年代を示す作品が少なく、また同じ図柄を長きに渡って使い続けていたため、見分けは困難です。
また、鍋島焼は技術漏洩に関して非常に厳しく管理されていたため、窯跡で発掘調査を行い当時の鍋島焼が見つかっても、原型が分からないほどに細かく砕かれ、詳細が分からなくなっているものが多いです。
そのため初期鍋島と分かった品は非常に重宝され、買取相場も高額になります。こちらの初期鍋島だと、買取相場は30~50万円前後も期待できます。
鍋島焼買取におけるおすすめ買取業者
まず初めに、手間をかけずに鍋島焼を高く安心に売る為に最も大切なおすすめの鍋島焼買取業者をご紹介します。買取業界において「おすすめの鍋島焼買取業者=おすすめ骨董品買取業者」ですので、当サイトで紹介しているおすすめ骨董品買取業者を参考にしてください。
鍋島焼買取においても買取業者の選択さえ間違えなければ、手間いらずで高く安心に鍋島焼を売ることができます!
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日晃堂
日晃堂は骨董品と食器を専門的に買取している買取業者です。骨董品の幅広い種類に応じて専門的に見れる査定士を揃え、世界に広げている販路が強みで、骨董品買取では特におすすめしている買取業者です。
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福ちゃん
福ちゃんは中尾彬さんと池波志乃さんが広告塔を務めるてるのが印象的。福ちゃんは総合買取業者ですが、骨董品買取には専門的に力を入れており、総合買取業者としての強みを活かしたイチオシ買取業者です。
高価買取が期待できる鍋島焼の特徴とは?
家の大掃除や倉庫や蔵の整理、相続などによって「鍋島焼」が見つかった際に「高く売れそうな鍋島焼かどうか」を判別するポイントをご紹介します。
これから紹介するポイントに多く該当すると高く売れる鍋島焼の可能性が上がりますので、気になる場合は後述しますが一度骨董品買取業者に査定依頼をすることを強くおすすめします!
単純に古そうな鍋島焼かどうか
鍋島焼に限らず骨董品や陶磁器全般に言える事ですが、単純に「古そう」と感じるだけでも数万円以上で売れる高い価値を秘めた鍋島焼の可能性はゼロではありません。そのため、基本的には価値や買取価格については専門家に査定依頼することをおすすめします。
特に鍋島焼や伊万里焼の古いものは美術品としても価値が出る例があり、骨董品としての価値が認められれば高額で買取されるケースも多々あります。
「ただ古そうなだけ」であっても骨董品買取業者に相談するには十分な理由になりますし、業者側も「古そうであれば相談をしてほしい」と言っています!
作家物の鍋島焼かどうか
”作家物”とは、陶芸家(作家)が作った作品のことで、数十万円の買取価格が期待できる鍋島焼だと作家物も多くなります。
当時の鍋島焼は分業制が取られていたため特定の作家作品は少ないのですが、復興されてからは数多くの名作家が生まれ、鍋島焼の復興に成功した「今泉今右衛門」を筆頭に数々の作家が活躍しています。
作家物の鍋島焼かどうかは「落款(陶印)」や箱への「墨書き」で確認できますが、サインが分かりにくい鍋島焼や、箱の墨書きが擦れて確認できない場合もあります。この場合も基本的には査定員に判断を任せることが出来ます。
鍋島焼に共箱(保管箱)があるかどうか
作家物の作品含めた高価な鍋島焼の場合だと、「共箱」と言う木箱に保管されていることが多いです。
特に作家物の鍋島焼など、数十万単位での買取価格が期待できる鍋島焼は基本的に共箱に入っていますので、共箱がある鍋島焼、というだけでも高価買取が期待できるというわけです。(ただ、共箱がないと価値がないということではありません。)
共箱には作品名・作家名などの詳細情報が筆で書かれていて、もちろん共箱がない場合でも査定は可能ですが、共箱の情報を読むことでもう少し深いレベルでの査定が可能になります。
また、共箱自体に関しても、簡素であったり近年の綺麗なものよりも、色褪せや時代を感じる匂いなど、古そうな雰囲気のある箱であればより鍋島焼の高価買取は期待できます!
鍋島焼を入手した場所がわかるなら・・・
鍋島焼を含めた骨董品全般に言える事ですが、高い価値をもつ骨董品とは「然るべきルート」から見つかる場合が多くなっています。然るべきルートを簡単に挙げると、「1.骨董品収集家のコレクション」や「2.オークションや骨董市等で高い金額で購入」、「裕福な人からプレゼントされた」などです。
ですので、鍋島焼を見つけた際にはどういったルートを辿ってここにあるのかが確認できるのであれば確認しておくことをおすすめします。「昔に政治家の人から貰った」などなど、そういった入手ルートであれば高価買取はかなり期待できますよ!
高価買取が期待できる鍋島焼かどうかを判別する簡単なポイントはこんな感じです。ですが、本当に高い価値がある鍋島焼かどうかの判断は専門家に判断してもらわなければ分かりません。共箱や作家のサインがなく、ただ古そうなだけの鍋島焼でも専門家の査定で数万円以上の買取価格がつく事は珍しい事でもありません。
ですので、古そうな鍋島焼が見つかれば正しい価値を判断するためにも、無料かつ業者が推奨しているので次の方法で骨董品買取業者の専門家に無料査定を依頼することをおすすめします!
鍋島焼の買取価格の調べ方
まず、自力で素人が鍋島焼の買取価格を調べる事は不可能と言えます。その理由は「作品知識」と「最新の相場」を知っている必要がある、つまりはオークションや骨董市等に出入りしているような人や学芸員でなければわからないからです。(当ページの前半に鍋島焼の買取価格例の一覧と解説がありますので、そこを見て鍋島焼の買取価格が算出できそうか試してみてください。)
しかし、写真によるメール査定を活用する事で素人でも鍋島焼の買取価格を簡単に特定する事が可能です。
このページでは鍋島焼に関する撮影ポイントを紹介していますが、メール査定の方法や基本的な撮影方法、相見積もりの取り方については次のページを参考にしてください。
メール査定における鍋島焼の撮影方法
※鍋島焼の撮影ポイントに関してはこちらの陶磁器の買取情報ページで紹介している内容と異なる点がとくにありませんので、同様の内容を紹介しています。
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陶器全体の撮影
陶器製品の全体の写真を撮影します。サイズ感・陶器の色が分かるようにライター等と一緒、光の反射には気を付けて撮影すると尚良いです。 -
刻印・サインの撮影
作品のサイン(落款・陶印)を撮影します。作品の隅や底部などぱっと見て分かりづらい箇所にありますので、見当たらなければその旨を伝えましょう。 -
バックスタンプやロゴの撮影
サインと似ていますが、ノリタケやマイセンなどブランド食器はメーカーのロゴや年代等が記載されたバックスタンプがあるはずなので撮影しましょう。 -
付属品の撮影
陶器の作品や食器には共箱や鑑定書と言った付属品がありますので、目につく付属品は全て撮影しましょう。写真のような共箱のサインも読めるように撮影しましょう。
撮影ポイントの補足説明
陶器の買取価格の査定には付属品と落款(サイン)、バックスタンプの撮影が重要になります。ですが、作品の中には時代背景から敢えて落款やロゴがない作品や食器もありますし、付属品がない陶器と言うのも珍しくはないので、落款やバックスタンプ、付属品がない場合はないという旨をメールの文面で伝えてあげるとよいです。
また、陶器の状態について細かな傷等を撮影するとキリがない為、全てを写真に写さなくても、文章で「小さなダメージが点在している」などと補完できればOKです。
メール査定の詳細については、次のページもぜひ参考にしてください。
鍋島焼とは?歴史や特徴を紹介します
鍋島焼とは、17世紀から19世紀の間、鍋島藩(佐賀藩)で作られていた磁器食器のことです。鍋島焼は大名などへの献上品・贈答品を目的に作られ、利益を度外視した高級食器だったため、非常に高度な技術力を持って作られました。
また、技術漏洩の管理もかなり厳しく、陶工たちも窯へ居住し他者の出入りも管理され、制作の工程も藩の統制下にありました。完成品の流通先も絞られており、身分の高い大名や将軍のみしか鍋島焼を手にする機会がなく、一般には一切流通しませんでした。
2世紀の間高級磁器窯として名をはせた鍋島焼ですが、明治4年(1871年)の廃藩置県によって一度途絶えてしまいます。ですが今泉今右衛門家が復興に成功し、以降は襲名によって技術を引き継いでいます。
ここでは、鍋島焼の歴史や特徴について詳しくご紹介していきます。
鍋島焼の山あいの秘窯
日本で初めて磁器の生産に成功した有田を始め、伊万里焼、唐津焼、武雄焼など佐賀県には多くの焼き物があります。中でも「鍋島焼」は献上品、つまり将軍や大名のために作られる特別の磁器としての格の高さを誇ります。
佐賀県伊万里市の大川内町で受け継がれる鍋島焼は、1610年代に始まった有田での磁器生産を受けて、佐賀藩(鍋島藩、肥前藩、とも呼ばれる)の藩窯として1675年ころに大川内山、現在の大川内町の辺りに移されました。伊万里の中心からは遠く、周囲を山に囲まれ交通の便が良いとは言えない大川内山になぜ、藩の窯が築かれたのでしょうか。
理由のひとつは大川内山は日本では数少ない青磁の釉薬の原石の産地であるということです。藍、赤、黄、緑、の4色で構成される「色鍋島」、藍色の濃淡のみで図柄を表現する「鍋島染付け(藍鍋島)」と並んで鍋島焼の3大様式とされる「鍋島青磁」に欠かすことのできない、透明感のある青緑色を生み出す釉薬の原料が採れるのが大川内山です。
そして藩窯が大川内山に移された何より大きな理由は、佐賀藩の鍋島焼の生産、発展に対する並々ならぬ力の入れようのためでした。先に述べたように鍋島焼では藩主のための品のほかに、佐賀藩鍋島家から将軍家や諸大名家、さらには天皇家への贈答用品が生産されていました。佐賀藩の威信を賭けて国産磁器の最高級の品質を維持するため、鍋島焼の技術は門外不出、いわば藩の重要機密と言っても過言ではなかったのです。
現在では国の史跡にも指定され、多くの観光客で賑わう大川内山一帯ですが藩政時代、険しい山と岩壁に挟まれたこの地には更に関所が設けられ、徹底した藩の統制下に置かれ人々の往来も制限されていたほどでした。
当時の史料として1690年代に藩主自ら命じたとされる鍋島焼の指針が古文書として残されています。文書には同じ佐賀藩内の陶工であっても鍋島焼の窯場には立ち入らないこと、納期について、余剰や失敗作でさえも流出しないよう破棄することなど、厳しい指示が書き連ねられ、生産体制のみならずデザインについても、流行を取り入れ常に新鮮なものを作るようにと細かく指示されており、鍋島焼への藩の関心の高さがうかがわれます。
このような厳しい統制の下で採算性を度外視しても技術の向上を目指すことが求められた職人たちは武士に準じるほどの身分が保証され、独自の分業制の生産システムの中、それぞれが技を磨きました。藩の統制と庇護の下、数々の名品を生み出した薩摩焼は1871年の廃藩置県で藩窯としての歴史に幕をおろしました。
鍋島焼の新たな試み
集落全体が藩窯として稼働していた佐賀県の大川内町では、今も30あまりの工房が窯業を営んでいます。中には唯一藩窯時代から途切れなく続いている窯で、鍋島家の家紋「杏葉(ぎょうよう)」を作品に印すことを許された格調高い鍋島焼の伝統を忠実に守る「鍋島御庭焼」のようなトラディショナルな鍋島焼の窯も残っています。
またその一方では2017年に佐賀県内の伊万里市、唐津市、武雄市、嬉野市、有田町の5つの地域が「肥前窯業圏」として日本遺産に認定されたのをきっかけに、新たな焼き物の息吹を感じさせるような試みもなされています。
佐賀県は窯元や若いアーティスト、県内の事業者や学生やらと共に現代的なデザインと伝統的な技術を織り混ぜたブランドを確立する「わかものやきものプロジェクト」を立ち上げ、陶磁器製のジュエリーや文房具、伝統の紋様を活かしたアパレル製品などを製作し、鍋島焼の紋様のガラスペンが発売されました。かつて藩によって厳重に守られていた秘窯の伝統は今、県が先頭に立ち広く発信され始めているのです。
他の陶磁器の種類一覧
鍋島焼以外で当サイトで紹介している陶磁器の買取情報は次の通りになります。
掛け軸や絵画、象牙、刀剣、珊瑚製品など様々な骨董品に関しても幅広く紹介していますので骨董品買取の際にはそちらも是非参考にしてください。