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竹久夢二情報の目次

このページでは次のように竹久夢二の情報を紹介します

竹久夢二作品の買取相場例一覧

日本画家竹久夢二作品の買取相場例一覧

当サイトは【骨董品・古美術買取ガイド】と名乗っている事もありますので、まずは竹久夢二作品の買取相場から紹介したいと思います。

「日本画家である竹久夢二の作品」と言っても、リトグラフや挿画本、表紙草案など幅広い種類の作品があり、状態や作風によっても買取相場は異なります。

ですので、まずは過去の竹久夢二作品の取引事例を基に、様々な「竹久夢二」の作品がどれくらいの買取価格になるのかをご紹介します。

竹久夢二作品の買取相場一覧
作品 状態 買取相場
竹久夢二作:挿画本(木版11点) 難有り/復刻本セット 31000円~48000円
竹久夢二作:絹本・彩色画(縦111.5cm・幅42.8cm) 落款・印有/軸装/鑑定書付 45万円~61万円
竹久夢二作:木版画(縦93.2cm・幅21.4cm) 落款・印有/額付 3000円~12000円
竹久夢二作:直筆鉛筆画(縦23.5cm・幅15.3cm) 難有り/額付 61000円~87000円
竹久夢二作:絹本・墨彩画(縦36.5cm・幅36.2cm) 落款・印有/軸装・箱付/鑑定書付 50万円~80万円
竹久夢二作:エスタンプ(縦70.1cm・幅18.4cm) 印有/額付 31000円~53000円
竹久夢二作:木版画(縦30.5cm・幅12.3cm) 落款・印有/額付 9000円~16000円
竹久夢二作:挿画本(木版11点) 難有り 24000円~36000円
竹久夢二作:水彩画(縦32.4cm・幅23.9cm) サイン有/額付/鑑定書付 21万円~34万円
竹久夢二作:木版画(縦69.7cm・幅18.2cm) 印有/額付 26000円~35000円

竹久夢二作品
買取相場補足情報

日本画家である竹久夢二作品の買取相場は、原画の場合、状態がよければ概ね10万円以上の買取相場は十分に期待できるでしょう。リトグラフや木版画などの版画の場合、希少性がそこまで高くなく1万円前後の買取価格に留まる例もありますが、版画でも希少価値がある作品もあり、数万円の買取価格が付く例もあります。

そして、過去の取引事例から考えると、特に高い竹久夢二作品は単体でも80万円~100万円程の買取価格が期待できる作品もあります。竹久夢二作品は人気も高く需要もあるので、相場も高額になりやすくなります。

ですが、素人が一見して竹久夢二作品の買取相場を算出することは難しいので、手軽かつ正確に日本画家竹久夢二作品の買取価格を調べる方法も紹介しておきます。

竹久夢二作品の正確な買取価格の調べ方

竹久夢二作品の正確な買取価格の調べ方

竹久夢二作品の買取価格例をいくつか紹介しましたが、個人でも簡単かつ正確に竹久夢二作品の買取価格を調べる方法があります。

それは、骨董品買取業者の無料メール査定を活用する事で竹久夢二の買取価格を簡単に特定できます。

WEB査定におすすめの骨董品買取業者は次の業者を参考にしてください。

  • 日晃堂

    日晃堂は骨董品と食器を専門的に買取している買取業者です。骨董品の幅広い種類に応じて専門的に見れる査定士を揃え、世界に広げている販路が強みで、骨董品買取では特におすすめしている買取業者です。

  • 福ちゃん

    福ちゃんは中尾彬さんと池波志乃さんが広告塔を務めるてるのが印象的。福ちゃんは総合買取業者ですが、骨董品買取には専門的に力を入れており、総合買取業者としての強みを活かしたイチオシ買取業者です。

竹久夢二について

竹久夢二について

竹久夢二は1884年9月16日に岡山県にて生まれた画家です。特に「夢二式美人」と呼ばれる美人画を得意とし、大正ロマンを代表する画家のひとりとして知られます。

では、概要はここまでにして竹久夢二という画家がどういう人物だったのかをまとめてご紹介いたします。

竹久夢二の軌跡

明治十七年(1884)岡山県邑久郡本庄村に、代々伝わる酒造業の次男、茂次郎として生まれます。明治三十二年(1899)十六歳、神戸の叔父である竹久才五郎を頼って寄宿しつつ、兵庫県の神戸中学校に入学しました。しかし八ヶ月程で、家の都合により中退することになります。

その後父が酒屋をたたみ八幡製鉄所の職に就いたことから、一家で福岡県八幡村に転居しました。しかし明治三十四年(1901)には家出をして単身、上京します。その後早稲田実業学校に入学し、二十二歳の時には同校の専攻科へ進学しました。

その後読売新聞に「可愛いお友達」を投書して初めて活字となり、「中学世界」に応募した「筒井筒」というコマ絵が第一賞入選をして、初めて夢二と名乗り始めます。この頃から美人画が世間に知れ渡ることとなります。

明治三十九年(1906)「少年文庫」の挿絵の担当となり、翌年岸たまきと結婚しました。そのたまきをモデルにして「夢二式美人」が生まれたのです。

しかし明治四十二年(1909)にはたまきと離婚します。その後最初の著書「夢二画集 春の巻」を刊行してベストセラーになりました。大正元年(1912)には、京都岡崎公園の、京都府立図書館で「第一回夢二作品展覧会」を開催して、油彩画「初恋」他137点が展示されます。

大正四年(1915)三十二歳の時に、画会で「一力」「こたつ」が描かれ、大正七年(1918)には、「宵待草」に宮内省雅楽部のバイオリニスト多忠亮が作曲して、セノオ楽譜から出版されました。そして翌年、「黒船屋」を制作します。

大正九年(1920)三十七歳の時に、「秋のいこい」が描かれ、昭和六年(1931)には父菊蔵が亡くなり、「立田姫」が描かれました。その後ホノルルを経由して渡米し、一年以上滞在して個展を開催しながら、更に渡欧します。ドイツ、スイスなど諸都市を巡り日本の雑誌に寄稿しながら、多くのスケッチ画を残し帰国しました。

しかしまた台北へ赴き、四十九歳で帰国しますが、その後結核を患って病床につきます。昭和九年(1934)信州富士見高原療養所で、五十一歳という若さで亡くなりました。「ありがとう」という最期の言葉を残しています。

作品

「大正の歌麿」ともいわれた竹久夢二。美人画の中でも最高傑作といえるのが「黒船屋」ではないでしょうか。大正八年(1917)に描かれたこの作品は、夢二独特の美人画の世界が表現されています。

細面で鼻筋がすっと通り、うっとりするような流し目、少し開いている口元、抜けるように白い肌。首筋が美しく手足がすらりと長い、なんともしっとりとした魅力を放っています。

そしてこの作品はアールヌーヴォーの代表的な画家ヴァンドンゲンの「猫を抱く女」を参考に描かれたとされています。夢二はここから独特の美を見出し、自分自身の作品へと描ききっているのです。

黒猫を抱く白く美しい手。ちらりと見える下駄を履いた白い足。どれをとっても夢二の世界へと誘われ、誰しもがそのマジックに魅せられてしまうと言えるでしょう。

作家情報の一覧

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